コラム

2017.10.5 木曜日

インストラクター・トレーナーを取り巻く世界
(5) インストラクター・トレーナーの戦略

それでは、一人一人のインストラクターやトレーナーは、どのような戦略をめざせばよいのでしょうか? 自分でジムやスタジオを経営する場合を除いて、インストラクターやトレーナーとして自らの戦略を意識したり、その必要性を感じたりすることはあまりなかったのではないでしょうか?

現実には、意識する、しないは別にして、「フィットネスクラブなどの組織に所属する」という戦略をもつ人がほとんどでしょう。その場合、所属クラブの戦略に従って行動することが義務づけられます。したがって当然、自分独自の行動の幅はせまくなる、あるいは、自由度がほとんどなくなる、ということです。

たとえば、“クライアント(お客様)に寄り添う”といっても、所属する組織が「会員のプライベートには踏み込まない」という方針であれば、クライアントが個人的な問題を抱えていることに気づいたとしても、組織の方針に沿った対応しかできないケースがほとんどです。

フリーで活動している場合も同様で、行政などの運動教室の指導を委託された場合でも、クライアントの個人情報に触れることは禁じられていて、フリーのはずなのに実は自由な指導ができない、という場面も多いのです。

つまり、クライアントとインストラクターやトレーナーの間に、組織がはさまることによって、よくいえば合理的で公正なプログラムが実現できるのですが、悪くいえば自由度の低い指導しかできない状況になってしまうこともよくあります。クライアントに寄り添っていこうとする時に、“フィットネスクラブの戦略”との間で板ばさみになることがあるのです。

ここで改めて、フィットネス業界全体のなかでのインストラクターやトレーナーの位置を考えてみましょう。このシリーズの冒頭で、フィットネスの戦略は、フィットネスの業界の中のステークホルダーによってそれぞれ異なり、利害の対立も生じると述べました。

フィットネスクラブとクライアント(お客様)の戦略が対立する場合には、クライアントは「フィットネスを選ばない」という戦略をとることができます。おおざっぱにいえば、クライアントはフィットネスクラブよりも上位に位置する、といえるかもしれません。

では、フィットネスクラブとインストラクターやトレーナーとの関係はどうでしょうか。フィットネスクラブなどの組織に所属するインストラクターやトレーナーについては、今まで述べたように、フィットネスクラブはインストラクターやトレーナーよりも上位に位置する、という関係になります。

資格認定や登録を行う教育組織とインストラクターやトレーナーの関係は、会社との関係ほどではありませんが、その資格を必要とする限り、インストラクターやトレーナーの方が上位にあるとはいえません。

つまり、インストラクターやトレーナーはフィットネス業界のサービス業務の中核に位置し、クライアントに直接向き合っているにもかかわらず、さまざまなステークホルダーの下位に置かれて仕事をしていることが多いといえます。

それでもなお、インストラクターやトレーナーにとって大切なのは、自身が独立した戦略をもつことであると私は思っています。それが既存の組織の戦略と同じであっても構いません。

そして、自分自身の戦略を裏づける、自分だけの、誰にも侵されることのない世界観をもつべきであると思っています。

その世界観とは、徹底してクライアントに寄り添う、ということに尽きます。クライアントの戦略に奉仕する、と言い換えることもできるでしょう。クライアントが、「自分はどんな運動をしたいのか」、場合によっては「自身がどうなりたいのか」、あるいは「どのようになれば生きがいや幸せを感じられるのか」、クライアントの身になって一緒に考えていくことで、十分に寄り添うことができます。

「クライアントに寄り添う」「最終的にはクライアントが決めるのだ」という世界観にもとづいた独自の戦略をもち、必要な能力を身につけていれば、独立しても立派にやっていけるでしょう。また、会社や組織の下にあったとしても、自信を失うことにはならないでしょう。そのインストラクターやトレーナーを支持するクライアントは少なくないと思います。