コラム

2018.11.15 木曜日

ヘルスプロモーションへの挑戦11 ウォーキング日誌からウォーキング情報誌へ

写真は、1998年に実施された最初のウォーキング教室のために用意したウォーキング日誌である。ウォーキング教室は早稲田大学所沢キャンパス周辺地域の住民を対象として、「健康づくりモニター」と称して参加者を募って実施された。

そこでは、歩き方や靴の履き方、坂道の登り降りといった歩きのテクニック、そしておなじみの心拍数の計り方や水分補給などについて教えた。また、毎日の歩行歩数の記録を通じて“動くこと”の意識を高めるということも、その「健康づくりモニター」の目標であり、そのための小道具として日誌が用意されていたのである。

この日誌、実はさかのぼることその10年前の1988年に誕生していた。原典は東京都江東区で行われていた「12週間ウォーキング」の日誌で、当時、私の恩師の宮下充正先生が主催していた「日本歩け歩け協会・ウォーキングセンター」のウォーキング教室で使われていた日誌を丸ごと小道具として使わせていただいたのだった。

1999年に開始されたウォーキングサークルでも日誌は参加者に配られた。「ウォーキング日誌」は、その10年前に江東区に生まれて日本歩け歩け協会に引き継がれ、当地所沢でも開花したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

最初の日誌は、ウォーキング教室が開催された10月4日(日)から11月28日(土)までのちょうど8週間(56日)分・4ページの記入欄が用意されているだけの簡素な冊子だった。翌年5~6月の第Ⅱ期の日誌も同様なもので、3冊目のウォーキング日誌も、見開きで4週間分だったところを一月ごとにしたことを除いては、おおむね同様のものだった。

しかし。単なる教室期間中の道具であるならばそれで十分なのだけれど、終わりのないウォーキングサークルともなると、そういうわけにはいかないのではないか。そこで私は考えた。……出した結論は「情報誌にしよう」ということであった。

それまでの日誌は、参加者一人一人の生活とウォーキングとを結びつけるメディアであった。もう少し格好をつけた言い方をすると、参加者の生活習慣改善のために行われたウォーキング教室の中で、「セルフモニタリング(自分自身の行動を記録する)」という行動科学の技法を具現化するための道具なのであった。

それを「情報誌」にするというのは、健康増進の行動理論の言葉でいうと「ソーシャルサポート(その行動を理解しあるいは一緒にやってくれる人々を認識する)」という技法へと変換したということになる。もう少し柔らかい言い方をすれば、「サークルの仲間同士を結びつけるメディア」に替えたということである。ひらたく言えば、それまではいわばウォーキング教室という舞台の小道具”として利用していた日誌を、家庭の生活用品に替えたということである。

 

 

 

 

 

 

そして、まずは、「楽しく歩くためのウォーキングシューズの選び方」というページを作り、「ウォーキングサークル・ルールブック」、「心拍数とRPEって??」、「暑い夏へ向けて…暑さとの付き合い方~水分補給と衣類調節~」などのコーナーを設けた。

 

 

 

 

 

そして2000年初夏号(4~7月)には、なんと企業の商品広告も載せてもらった。ウォーキングシューズの大手メーカー2社と早稲田大学生協から合計3ページ分の広告を掲載してもらったのであった。

今から思うと、せいぜい200名程度の人々に配布する20ページ程度の情報誌に、1ページ1万円の広告を載せるという決断をよくしてくれたものだと感心する。しかしシューズメーカーのうちの1社は、地域サークルのウォーカーのニーズをつかみたいと、4月のとある活動日にゴールで待ち受けて、開発中のシューズのデザイン調査を行ったほどだった。双方にメリットのある広告掲載という私の理想は好調なスタートを切ったといえる。

このようにして、私と参加者との“教室”から始まった我がサークルの 日誌 は、広告を通じて社会との接点を果たすメディアへと進化したのであった。