コラム

2018.9.20 木曜日

ヘルスプロモーションへの挑戦9 運動生理学からの船出

1998年秋に始まったわれわれの研究プロジェクトは、第Ⅱ期のウォーキング教室が終了した99年夏の時点で1年を迎えることとなった。その間、様々な苦労とノウハウを重ね、様々な知見を得ることができた。そうして、いくつかの研究成果を発表し、私の壮大な計画は順調に滑り出したのであった。

 

ところで、私の専門分野は、「運動生理学/体力科学」である。ところが、その1年間に私が見出した知見は、「市街地居住者の方が市街化調整区域の居住者よりもウォーキング教室への参加率が高かった」とか、「ウォーキング教室に参加すると普段の歩数が多くなる」とか、「ウォーキング教室に参加する人の大半は既によく歩いている人たちである」というように、およそ“運動生理学”とは思えないような研究成果だったのである。

 

といってもぴんとこない方のために、そもそも“運動生理学的研究”というのはどういうものなのかということを少々解説すると、例えば、「週に3日トレーニングすると血管の抵抗性が弱まって安静時血圧が下がる」とか、「ウォーキングを毎日6ヶ月間継続すると血中コレステロールが減少する」というような結果であれば運動生理学の学会で発表することができるというわけだ。

 

つまり、運動生理学という学問は、人々の身体を“物質”として認識した上で、その共通性に注目し(個々人の違いには注目しないで)、その応答性や適応変化のメカニズムを探求するものであるからなのだ。だから、「100人も集めてウォーキング教室を行うと出席率がどんどんと低くなる」なんていう知見は、およそ“運動生理学”とは言えないのである。

 

私が今回の地域住民を対象とした研究プロジェクトを始め、ウォーキングをそのテーマとしたのは、まさに上のような“運動生理学”のアプローチに限界を感じたからだった。人の身体を単なる物体(ボディ)としてとらえるのではなく、意志があり意向があり人間関係があり文化があるような存在としてとらえた上で、運動生理学を超えたさらに大きな理論体系の構築を手がけたいと思ったからなのである。

 

簡潔に言えば、「運動すると健康な身体になる」という身体の理論を“理想論”として据えた上で、その理想に到達するためには人々の意識や行動がどのように変わっていかなければならないのか、また、そのためにはどのような社会環境整備が必要となるのか、というような“脱運動生理学”の領域にまで手を広げた上で、人々の健康増進の現場に貢献したいと思ったのである。だから、私が見出す知見が運動生理学的ではないのは、いわば当たり前なのだ。

 

ウォーキング教室の前後にはちゃんと体力測定もやった。ところが、そこから得られた知見は、「ウォーキング教室を行っても筋力が増えなかった」とか、「8週間のウォーキング教室の前後で身長が平均で3ミリ伸びた」とか、およそ当たり前の結果であったり、その意味を説明するのが困難な結果であったりして、学界に発表するような成果は得られなかったのだ。だから、第Ⅲ期(1999年秋)のウォーキング教室では、体力測定を行うのをやめてしまった。

 

でも、そうやって行われた第Ⅲ期のウォーキング教室は、参加者を春のプログラムの募集の回覧板が遅れて積み残された方々に限定したが、それまでに蓄積されたノウハウと指導スタッフの技能のすべてを注入して行われたものであり、今振り返ってみても最高の内容であった。指導のリーダーは、第Ⅰ期から中心的に関わってきたA嬢であり、第Ⅱ期から加わった2名と新たな1名の学生補助員を加えて、笑いあり、写真あり、ドキドキありのきわめて充実した8週間であった。最後の修了式&パーティはとても盛り上がった。一般募集を行わなかった第Ⅲ期の参加者は、じつはとてもラッキーだったのではないかと思っている。