コラム

2018.5.18 金曜日

“ヘルスプロモーション”への挑戦 Ⅰ ウォーキング編
2最初の成果(上)

1998年4月、文部省(当時)に申請していた“科研費(カケンヒ)”が採択された。カケンヒとは文部省科学研究費補助金のことで、研究計画を申請して採択されると研究費として補助金がおりるのだ。カケンヒに申請するのは学者の年中行事のようなもので、義務だと思っていたが、当時の私は学内の仕事に忙殺されていて、特に新しいアイデアを生み出す余裕もないまま、2年前に出して不採択となった内容を締切り近くになって慌てて焼きなおして提出した。もっと正直に言うと、「どうせ採択されないだろう」と思って申請した研究費だったのだ。……それが、意に反してというか幸運にも採択されてしまったというわけだ。

カケンヒに採択された研究題目は「健康・体力指標および運動習慣に及ぼす自発的運動の効果」というものだった。「運動を自由に行わせたグループ」と「運動内容を統制したグループ」とで、運動効果に違いがみられるのではないか(自由に運動を行わせる方が効果が上がるのではないか)という仮説の下で企画した研究で、申請時には自転車を使う予定だった。参加者に一台ずつ走行距離記録が可能な自転車をプレゼントして、それを使ってもらいながらその期間中の走行距離をモニタリングしようとしていたのだ。

もちろん、私たちがこれまで唱えてきた理論を地域の人々に実際に適用して効果を直接確かめたい、実践的研究の中から生のデータを取りたい、このキャンパスを健康運動理論の実践研究フィールドにしたい。これは、早稲田に奉職してから抱いてきた私の夢だったわけで、採択されたことはとっても嬉しいことだったのだけれど、「ではやってみなさい」という採択通知を受けてようやく、ことの重大さを痛感したのだ。

「本当に自転車で良いの?」 こんな疑問が沸いたのもその頃のことであった。

今ではもはや記憶を正確にたどることはできないが、カケンヒが“当たって”しまってから慌てて協力を依頼した助手のN嬢ならびに大学院生のA嬢と議論を積み重ねた結果、「自転車ではなくウォーキングにしよう」ということになった。なにしろ全てが白紙からのスタートである。「自転車」であろうが「ウォーキング」であろうが、我々にそのノウハウがないことには変わりはない。ならば、最近なんだか流行ってきたウォーキングとかいうものを題材に用いた方が、参加者も集まりやすいのではないか、というやり取りがあったと思う。そこで、「自転車」をプレゼントする替わりに「ウォーキングシューズ」をプレゼントすることにした。

さて、ウォーキング教室ではどんなことを教えれば良いのか、体力測定ではどのような項目を計るべきなのか。すべてが初めての取組みであり、知的なノウハウは持ち合わせていなかった。

でも、準備を進めていたとき、私はある秘策を思いついた。秘策というほど仰々しいことではないが、私の大学院時代の指導教官(宮下充正教授)が1980年台後半からウォーキングに注目してその指導普及に尽力するとともに、日本ウォーキング協会(当時は「日本歩け歩け教会」)の役員として、「12週間ウォーキング」という普及プログラムを推進していたのである。また、1997年からは日本ウォーキング学会の初代会長として学術研究の推進にも尽力していた。

「宮下先生に聞けば何とかなるかも…」という淡い期待を抱いて教えを乞うた私を、先生は暖かく迎えてくれた。卒業してから10年ほど経っていたが、その間とくに連絡をとるでもなく定年退官パーティーにも出席しないほどご無沙汰していたのに、「このような企画をしているので、そのノウハウを伝授して欲しい」と、率直にお願いをしたところ、とても喜んでくれた。

そうなると、話は早い。宮下先生が進めていた「12週間プログラム」の最初の講義を受講させてもらってメモをとり、そこで使われたスライドの原稿をもらって複製した。また、参加者を対象とした体力測定の現場を見せてもらい、測定のコスト(時間・経費・人員)を見積もった。もちろん、ウォーキング指導の現場にも、大学院生とともに参加させてもらった。指導者(リーダー)と補助員(アンカー)が20名ほどの参加者を引き連れて所定のコースを歩くのだ。参加者には歩くコースとコマ図が記された紙が渡され、歩きながら心拍数を記入するようになっている。

「歩き方指導」や「ストレッチ」、「シューズの履き方」、「ウォーキングの基本姿勢と歩き方」、などなど、様々な指導テクニックも学ばせてもらった。なによりも、歩くコースの設定の仕方に独自のノウハウを感じたが、不安も同時に感じた。しかしともあれ、後は突き進むしかない。「講習会+7回のウォーキング教室」という8週(2ヶ月)間の前後に体力測定を行う、というプログラムの骨格が定まり、その準備に取りかかった。また、毎週土曜日のウォーキング教室のコース設定や資料準備など、それこそ自転車操業で進めていった。

参加者はキャンパス周辺の住民を直接募集することにした。これは初めてのことだし、各家にチラシを配ったのも初体験だった。ありとあらゆる自転車操業を経て、その日(1998年8月24日)を迎えたのだった。

 

中村 好男

早稲田大学スポーツ科学学術院教授、専門は健康スポーツ科学。JWIアドバイザー。日本ウォーキング学会前会長、日本スポーツ産業学会理事・運営委員長。

 

※画像はイメージです。