コラム
2018.8.30 木曜日フィットネスタイチー―長林みどりさんに聞く
長林みどり(ながばやし みどり)
太極舞・フィットネスタイチープログラムマスター、AFAA/JWI指導陣
―フィットネスタイチーとは、どのようなプログラムですか?
長林 フィットネスタイチーは、伝統的な太極拳をフィットネスとしてよりシンプルにアレンジしたプログラムです。安全性と効果性を考慮し、誰でも無理なく楽しく習得できることを目指して確立されました。
中国古来の武術のひとつである太極拳の優美さはそのままに、運動生理学などの科学的なエビデンスをミックスしたのが、このフィットネスタイチーです。シニア世代を中心とした幅広い年齢層に健康の喜びをもたらすことを目的としています。
もちろん、有酸素運動や筋コンディショニングとしての有用性は実証済で、完全シンメトリー化により筋バランスや神経系の調整が容易です。特に、抗重力筋を伸張性(エキセントリック)収縮として発揮する太極拳動作は、シニア世代に必要な「転ばぬ先の杖」となります。
また、太極拳24式の型を一通り覚えるのに、中高年の方では3年ほどかかると言われています。フィットネスタイチーでは24式をコンパクトな8つのユニットにまとめ、スムースに楽しく習得できるような工夫を凝らしています。動きが変わらないので、一度型を覚えてしまえば味わいも深まり、無心にレッスンを重ねてゆくことができます。
―長林さんは太極舞のプログラムマスターでもいらっしゃいます。太極舞とフィットネスタイチーとの違いはどのようなところにありますか?
長林 「太極舞」は中国武術のあらゆる種目からヒントを得て、台北と日本でプログラムマスターが創作しており、どんどん新しいバリエーションを生み出しています。敦煌舞ならば敦煌舞の世界、長拳ならば長拳の世界を一曲ずつに振り付けているのです。ZIMBA®で言えばこの曲はサルサ、この曲はクンビアと同様です。
かたや「フィットネスタイチー」は、長い歴史に育まれた伝統的な太極拳のみを変わらぬ型の中で楽しむプログラムです。空手の型のように決まった流れがあり、普遍的に変わりようのないものです。だからこそ車の運転のように慣れてしまえばあまり考えすぎず無心になり、しばらく離れていても忘れてしまうことはありません。未経験の指導者にとっては、覚えるのに労を要するけれど身に着けてしまえば一生もの、しかも太極拳の認知度や人気は高く、超高齢化社会においてさらに需要が広がるプログラムといえます。
―レッスンはどのように構成され、どのような動きをするのでしょうか?
長林 例えば60分のレッスンの場合、まずは動から静への切り替えを「立禅」というパートで行います。挨拶から始まり、気を丹田に静め呼吸を整え心の準備をします。体の準備として脊柱を回旋させ手を大きく振る「用手*」と、健康体を鮮やかな錦に見立てた気功法『八段錦』をいくつか行います。 *「用手」の「用」は真ん中の棒が撥ねる
その後、ユニットの一つを取り上げ、ユニット名の由来などから大切にしたいポイントや基本的な足の運び、動作の武術的意味なども解説します。曲に合わせて通してから、質疑応答の時間をとり仕上げます。
中盤では8ユニットの中からセレクトした4曲を通し内面の心が動きと共になるよう、タイチーワールドを楽しみます。最後は八段錦、呼吸法で終了となります。
―フィットネスタイチーのインストラクターになるためには、どのようにしたらよいのでしょうか?
長林 2日間セミナーで太極拳の歴史、中国医学(経絡と経穴・気の種類・気功法三原則)など、フィットネスタイチーの理論と実践を習得後、検定対策セミナーを受講していただき、検定に合格することによってインストラクターとして認定されます(AFAAへのメンバー登録が必要です)。初めての方には2日間セミナーの前にイントロダクションセミナーをお勧めしています。
また、2日間コースの後はDVDでの自己学習で、大まかな型の流れを習得することをお勧めしています。検定では完成された型を求められるわけではありません。流れを途切れさせることなく、悠々と動き続けることが大切です。このDVDは指導者用の新しいバージョンにフォローアップされ、対面・背面どちらでも練習することができます。さらに、介護予防や支援事業にも活用できるよう、椅子でのバリエーションもご紹介しています。一つの現場で立位・座位どちらも実施できることは、他者を思いやる社会的健康にも大いに役立ちます。
―最後に、改めてフィットネスタイチーの魅力について、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
長林 太極拳と音楽を融合させた斬新かつ魅力的なタイチーの世界を堪能してください。人と比べず争わずゆったりと心穏やかに大地や光を感じながら、内面から湧き出てくる気力を充実させることができます。
フィットネスタイチーのレッスンを6年継続いただいている70代女性は杖でおいでになり、椅子に立ったり座ったりの参加ですが「唯一無二の楽しい時間、制限が多い日々の生きがい」とおっしゃってくださいます。フィットネスタイチーのユニット6ではたった一つの型を表・裏・表・裏とシンプルに繰り返すため、椅子の背もたれにつかまりながら器用に左右にスイッチして動かれるのです。楽しみ方は無限大、変わらないものだからこそ工夫が生まれ、体の変化や心の動きに敏感に対応できるのかもしれません。
不思議なことに私も指導させていただきながら、自身のケアになっていることに気づきます。指導者自身の心身にも優しいプログラム、生涯現役を目指す指導者にはもってこいと云えますね。
長い歴史に育まれたタイチーの素晴らしさは、集中した静けさで心が整い深い呼吸で『気』は体中を巡り、自然の一部となりいきいきと人を輝かせるところ。タイチーの魅力はその柔らかな美しい動きと内なる優しさに満ちた心の調和にあるのではないかと思っています。