コラム
2018.8.21 火曜日Dr.カイボーの眼
第36回 BMIパラドックス
やや太めの88歳女性の患者さんから「私はもっと痩せた方がいいのでしょうね?」と尋ねられました。一般的な国民の理解として、肥満はメタボリック症候群と結びつき、がんを除く多くの生活習慣病の発症リスクを高くするという概念が浸透しています。実際に、中壮年層ではその傾向を示します。しかし、高齢期においては肥満傾向が総死亡に対する危険度を上昇させることはなく、むしろ痩せの方がその危険度は高くなることがわかってきました。従来の体格の指標とされるBMI(Body Mass Index)の考え方からすると真逆の内容であることから、BMIパラドックスと言われています。
中年の頃から意識してきたカロリー制限を、どこかの時期からはしっかりとカロリーを摂取する方へと切り替えることが、フレイル対策を進める中で重要なポイントになってきました。フレイルとは、「加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態」を言います。①健康な状態と要介護状態の中間地点、②しかるべき適切な介入により機能を戻すことができる時期、③身体、精神・認知、社会性の虚弱という多面性がある、という状態です。
この時期に十分な食事、特に蛋白質の摂取量が少なく、かつ運動不足があると、筋肉量の減少とともに身体の虚弱が進行し、サルコペニアと呼ばれる状態になります。簡単な自己評価法のひとつとして「指輪っかテスト」があります。自分の親指と人さし指で指輪っかを作り、利き足でない方のふくらはぎを指輪っかで囲めなければ大丈夫ですが、丁度囲める、あるいは隙間が出来るほど細くなっていれば要注意です。
また、最近注目されているのはオーラル(口の)フレイルです。口の機能低下は食べる機能障害だけでなく、心身の機能低下にまでつながっていくという考え方です。チェック項目は①残っている歯が20本未満、②噛む力が弱い、③舌の力が弱い、④滑舌が悪い、⑤固い食品が食べづらい、⑥むせることが増えてくる、のうち3項目以上に該当するとオーラルフレイルと言えます。オーラルフレイルがあると社会的/心理的問題が生じるとともに栄養の問題から身体も弱っていきます。
健康長寿を実現するための3つの柱は、①栄養(食と口腔機能)、②身体活動、③社会参加とされており、これら3つのうち1つでも欠けてはならないとされています。高齢者はある程度蛋白質を摂取しても若年者ほど活発に筋蛋白質の合成は行われません。むしろ若年者よりも多くの蛋白質を摂取する必要があります。それも一日3食を通して全体的にバランスよく摂るのです。ただし、腎臓の機能が悪いなど基礎疾患を持つ方の中には蛋白質の摂り方に注意が必要な場合もありますから、かかりつけ医に一度ご相談ください。
そしてたとえ十分な量の蛋白質を摂取しても、運動不足であればフレイルは進行します。蛋白質の摂取と共に運動は必ず必要です。一日15分歩く時間を増やすくらいでも効果はありますので続けてみましょう。
高齢者自らがもつ能力(予備能力や残存能力)を最大限に生かした社会参加の場づくりも大切です。高齢になるにつれ、失ってしまった能力の方ばかりを見がちになりますが、未だに優れた能力を持ちながらもその力を発揮できずにいらっしゃる方は多くいます。高齢者が持っている知識と経験および技術を生かせないことは社会的損失です。「自分の人生は疾病や障害、虚弱などがあっても、最期まで自分らしく生きられるし、そのための決定が出来る」ことを支える社会的視点も必要だと感じています。